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大阪地方裁判所 平成7年(ワ)6458号 判決

原告

中平泰博

被告

近藤巌

主文

被告は、原告に対し、金二五九万九二七三円を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを一〇分し、その六を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金六五〇万円及びこれに対する平成六年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、信号機のない交差点における直進普通乗用自動車同士の衝突事故における被害者の損害賠償請求権を、被害者に貸金返還請求権を有すると主張する原告が右貸金返還請求権に基づき債権者代位権により行使した事案である。

一  争いのない事実

1  交通事故の発生

(一) 日時 平成三年三月六日午後八時五〇分ごろ、

(二) 場所 大阪市旭区高殿三丁目二七番一六号先の信号機のない交差点(以下「本件交差点」という。)

(三) 態様 訴外伊地知勝彦(以下「伊地知」という。)運転の普通乗用自動車(以下「伊地知車」という。)が本件交差点に東から西に向かつて進行していたところ、南から北に進行してきた被告運転の普通乗用自動車(以下「被告車」という。)と被告の過失により衝突した。

2  伊地知の受傷

伊地知は、本件交通事故により、右股関節脱臼骨折、右肋骨骨折、左膝蓋骨骨折、下顎骨骨折などの傷害を負い、平成五年八月三日に、症状固定となつた。

3  伊地知の損害及び損害てん補

(一) 入院雑費

(二) 被告は、休業損害について、伊地知との間で、平成五年一月一四日、当時の既払額二七〇万円以外に一二〇万円を支払うことでてん補されることとする旨合意し、伊地知に対し、合計三九〇万円を支払い、また、治療費として、三四九万〇三四〇円を支払つた。

二  争点

1  原告の伊地知に対する貸金返還請求権の存否

(原告)

原告は、伊地知に対し、平成五年五月三〇日に、二五〇万円を、同年七月二六日に、四〇〇万円を、いずれも弁済期を同年一二月三一日としてそれぞれ貸し渡した。

(被告)

不知

2  伊地知の無資力

3  伊地知の損害

(一) 後遺障害による逸失利益

(原告) 四四六万二六三七円

伊地知は、一下肢を五センチメートル以上短縮及び右股関節脱臼骨折後の股関節の機能障害等による痛みが残るという後遺障害を残し、症状固定になつた。右後遺障害は、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)施行令別表の第一四級一〇号に該当し、将来右大腿骨頭虚血性壊死を来す場合もあり、この点を考慮すれば、労働能力喪失は一生続くと見るべきである。

伊地知は、症状固定時には、二八歳であり、六七歳まで三九年間就労可能であつたから、症状固定後三九年間にわたり、その労働能力を五パーセント喪失したものと解するのが相当であるから、平成四年度賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計・男子労働者二五歳から二九歳の平均年収四一八万八五〇〇円を基礎にして、新ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、右期間の逸失利益の現価を算定すると右のとおりである。

(算式)4,188,500×0.05×21.309=4,462,637

(被告)

原告主張の後遺症によつて、就労に支障を来すのは最大限見積もつても五年間が限度というべきである。なお、伊地知の後遺症については、同人との連絡が取れなくなり、自動車保険料率算定会における事前認定は中断している。

(二) 慰謝料

(原告) 三三〇万円

入通院慰謝料 二五〇万円

後遺障害慰謝料 八〇万円

(被告)

入通院慰謝料は一八〇万円が相当である。

後遺障害慰謝料は、最大限七〇万円である。

4  過失相殺

(被告)

伊地知は、本件交差点に進入する際、前方不注意、安全運転義務違反、減速を怠つた等の過失があり、伊地知の過失割合は三割以上である。

(原告)

被告が走行していた南北道路は、原告が走行していた東西道路より幅員が狭く、本件交差点の手前に一時停止の標識があり、また、本件交差点手前の進行方向右側に駐車車両があつて、右方の見通しが悪かつたのであるから、交差点に進入する際には、一時停止をして、かつ、右方の安全を注意する義務があるのにこれを怠つた過失があるから、被告の主張は争う。

第三争点に対する判断

一  原告の伊地知に対する貸金返還請求権の存否

1  平成五年五月三〇日分

原告は、伊地知に対し、平成五年五月三〇日に、二五〇万円を弁済期を同年一二月三一日として貸し渡した旨主張し、甲二には、右主張に沿う部分がある。しかし、原告本人の供述によれば、原告は、平成元年二月ごろに伊地知と知り合い、同年夏ごろから金を貸すようになり、伊地知の収入の状態については分からなかつたけれども、平成二年春ごろからは二〇万円、三〇万円という額の金員を、使途を聞かずに、無担保で貸していたところ、平成五年五月三〇日に、伊地知が、原告から依頼を受けることなく、同日付け借用書を持参し、原告の目前で押印したというのであるから、原告の右主張事実を甲二の記載から推認することはできず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

なお、仮に、原告の主張を、原告と伊地知との間で、同日、それまでに伊地知が原告に対して負つていた債務(旧債務)を消費貸借の目的とする合意が成立した旨のものと解したとしても、旧債務に関する原告本人の供述は曖昧で旧債務の成否にかかる事実を推認することはできないといわざるを得ない。

2  平成五年一二月三〇日分

証拠(甲三、原告本人尋問の結果)によれば、伊地知は、平成五年五月三〇日又は同月三一日に、原告に対し、「仕事の受注に金が必要だ。」と言つて、金員の借り入れを申し込んできたこと、原告は、原告の勤務先の光富産業の社長から四〇〇万円を借りたこと、伊地知は、借用書(甲三)を作成し、押印した状態で原告のところに持参したこと、原告は、伊地知に対し、同年七月二五日か同月二六日に、弁済期を同年一二月三一日として右四〇〇万円を交付したこと、伊地知は印鑑登録証明を行い、平成五年八月二〇日付け印鑑登録証明書を原告に同月末ごろ交付したこと等の事実を認めることができ、右事実によれば、原告が伊地知に対し、同年七月二五日、四〇〇万円を、弁済期を同年一二月三一日として貸し渡したことを認めることができる。

二  伊地知の無資力

前期一2記載の事実及び証拠(甲三、乙一、乙六の一から乙六の七まで、原告本人、弁論の全趣旨)によれば、伊地知は、平成三年三月六日に本件事故に遭い、同日から同年五月二七日までの八三日間入院し、同月二八日から平成五年八月三日まで実日数で九八日間通院したこと、同年七月二五日、原告から四〇〇万円を借りたこと、同年八月末ごろから行方不明であること等の事実を認めることができ、これらの事実に前記争いのない事実を併せ考えれば、伊地知は原告の貸金債権を弁済するのに十分な資力を有するとはいえないと解され、乙三、乙四の四、乙四の六、乙四の七、乙四の八の各記載は右認定を左右するに足りるものではない。

三  伊地知の損害

1  後遺障害による逸失利益 四四六万二六三七円

(一) 証拠(乙一、二、乙六の七)によれば、済生会野江病院医師好井覚は、伊地知につき、平成五年八月三日付けで自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書を作成し、そこには、右股関節の可動域制限(屈曲が左一二五度、右一一五度、外転が左四〇度、右三〇度、内旋が左四五度、右四〇度、外旋が左四五度、右四五度)及び、自覚症状として、右股関節の運動痛、左膝蓋骨に圧痛が残るという障害を残して、症状固定し、将来右大腿骨頭虚血性壊死を来す場合があり、この場合は、手術を要す、杖等も必須となり、障害の憎悪を来す旨の記載があること、右後遺障害につき、自動車保険料率算定会大阪第三調査事務所長は、平成七年一一月九日付けで後遺障害等級事前認定票を作成し、そこには、一四級一〇号と認定する旨の記載があること等の事実を認めることができ、これらの事実に前記争いのない事実を併せ考えれば、伊地知の右後遺障害は、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)施行令別表の第一四級に該当するというべきである。

(二) 前記争いのない事実、右認定の事実及び証拠(乙一)によれば、伊地知は、症状固定時には二八歳であり、六七歳まで三九年間就労可能で、症状固定後三九年間にわたり、その労働能力を五パーセント喪失したものと解するのが相当であるから、平成四年度賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計・男子労働者二五歳から二九歳の平均年収四一八万八五〇〇円を基礎にして、新ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、右期間の逸失利益の現価を算定すると右のとおりである。

算式 4,188,500×0.05×21.309=4,462,637

2  慰謝料 二三一万円

証拠(乙一、乙第六号証の一から七まで)によれば、伊地知は本件事故による受傷のため平成三年三月六日から同年五月二七日までの八三日間入院し、同月二八日から平成五年八月三日まで実日数で九八日間通院したのであるから、入通院慰藉料の額としては、一五一万円が相当であり、また、同人は前記1のとおり障害を残して症状固定したのであるから、後遺障害慰謝料としては、八〇万円が相当である。

四  過失相殺

証拠(原本の存在及び成立並びに成立に争いのない乙五の二、乙五の三、乙五の六から乙五の九まで)によれば、本件交差点付近の道路は市街地に位置し、アスフアルト舗装され、平坦で、本件当時は乾燥していたこと、東西道路の幅員は、路側帯を除いて五・二メートルで、片側一車線の二車線道路であること、南北道路は北行きの一方通行で、幅員は歩道を除いて四メートルであり、交差点南詰めに一時停止の規制があること、東西道路、南北道路とも最高速度時速二〇キロメートルの規制があること、両道路とも進行方向前方の見通しは良いが、左右の見通しは悪いこと、交差点内には東西道路側に〈A〉に、南北道路側に〈甲〉にそれぞれ駐車車両があつたこと、伊地知は時速三〇キロメートルで本件交差点に進入し、被告は本件交差点の手前〈1〉で時速約一五キロメートルに減速し、一時停止することなく、そのまま交差点に進入したこと、衝突により伊地知車及び被告車は、いずれも、前部バンパー、フエンダー、ボンネツト凹損等の損傷を生じたこと等の事実を認めることができ、これらの事実に前記争いのない事実を併せ、本件事故の態様、運転車両の減速等を総合考慮すれば、本件事故に関する伊地知及び被告の過失割合は、伊地知の三、被告の七と解するのが相当である。

五  前記争いのない入院雑費一〇万七九〇〇円、休業損害三九〇万円及び治療費三四九万〇三四〇円並びに前記三認定の後遺障害による逸失利益四四六万二六三七円及び慰謝料二三一万円の合計金一四二七万〇八七七円が伊地知の総損害であり、これに前記四認定の過失割合に基づき過失相殺を行つて得られた額金九九八万九六一三円から損害てん補額を減ずると、残額は金二五九万九二七三円となり、これは、前記一認定の原告の伊地知に対する貸金返還請求権の額四〇〇万円の範囲内である。

ちなみに、原告は、被保全債権として、原告の伊地知に対する貸金返還請求権の遅延損害金も主張しているけれども、代位行使の目的たる伊地知の被告に対する損害賠償請求権については遅延損害金を請求していない。

六  結語

以上のとおりであつて、原告は、原告の伊地知に対する貸金返還請求権に基づいて伊地知の被告に対する損害賠償請求権を代位行使することができるから、原告の本訴請求は、二五九万九二七三円を求める限度で理由がある。

(裁判官 石原寿記)

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